われわれの業界でもそうです。実は、プロデューサーも照明係さんもカメラマンも脚本家も、いい男は大嫌いなんです。ですから、背が高くてスラっとしたファッションモデルなんかが出て来たら、必ずライトを当ててやりません(会場笑い)。嫌な役しか当てません。すぐ殺される役だとか、ストーカーの役だとか。そういう役しか当てません。ですから、日本の芸能界にはいい男は一切、育たないんです。彼らが好きなのは、西田敏行であり、竹中直人であり、武田鉄矢が大好きなんです(会場笑い)。
木村拓哉があそこまで行けたのは、背が低いからですね。彼は足が短いからなんです。あれで、あと20センチ足が長かったら、とっくに葬られていますよ(会場笑い)。男たちが大好きなのは、力道山だったり、三船敏郎だとか、高倉健だとか、「俺は、男だ!」と言う人には弱いんです。そういう人には協力します。ですから、昔から言われているのは本当でね。「色男、金と力は無かりけり」みんなが協力してくれないから成功しないんです。日本の企業で、いわゆる会社の社長さん、会長さん、こういう地位になった人は全部不細工です。いい男はまずなれません。
"(via highlandvalley)
現実的な提案かどうかはさておき、俺がやってもらいたいのは、物事を批評するとき、最後に「自分が好きなものを列記する」ということを基本的なマナーにすることだ。例えば「ワンピースという漫画はクソだ」と言い切る人間の好きな漫画に「RAVE」て書いてあったら「あーなるほど。ものを見る目がない人なんだ」って、読む側がその人間のパーソナリティーを理解できるし、モグワイとかDCPRGのCDレビューに「難解過ぎて意味不明。音楽として価値なし」とか書いてるヤツの好きなミュージシャンが「押尾学(LIV)」だったら、読む側が「この人は心底ロック好きだから、しょうがないや!」って納得できる気がするじゃん。椎名林檎とか、名古屋大須とかの昭和歌謡ロック的なものに対して文句を言っている人の好きな音楽が「サクラ大戦」だったら( ´,_ゝ`)プッ って感じでちょっと笑えるでしょ*1。ネガティブな意味だけじゃなくて、好きなもので意外なものを出すことでちょっとしたエスプリを効かせることもできる。俺が言いたいのはつまり、読者の側も批評される側も単純にそいつがどういうものが好きなのかということを事前にわかっていれば「こいつとは趣味や価値観が違うんだな」と納得できるし、変に傷が付くことが少なくなるんじゃないかということだ。別に匿名でもいいんだよ。そいつのハンドルやら実名が知りたいんじゃなくて、批評してくるやつの立ち位置が知りたいだけなんだよね。
ともかく、「何か作品に対して批評するときは自分の好きなものを列記する」というルールを守ってくれたら、掲示板の不毛なレッテル貼り合戦が少なくなるんじゃないかなーと思うわけですよ。自分からレッテル貼ってくれてるわけだから議論の手間も省けるしね。
"酷評するヤツに守ってもらいたいルール - Don’t lose your temper
ぬん
(via michi66f, tsuda) 2009-02-04 (via gkojay) (via fmfy) (via highlandvalley)
(via kyohei28, lumos-maxima)
外人に「愛の言葉をしょっちゅう囁くと安っぽくなる。
だから日本人は軽々しく言わないのだ」と言ったら、
「日本人はすぐ謝るから、謝罪の言葉が薄っぺらいんだな」と反撃された。
その場で笑っちゃうくらい見事な返しでした。
"「性善説」「性悪説」という言葉を誤解している人は結構多いようです。 その誤解とは、要するにこういったものです。
これは間違った理解です。性善説を唱えた孟子はそのような能天気な人ではなかったでしょうし、 性悪説を唱えた荀子は別に人間不信だったわけではないでしょう。
例えばgoo辞書では、性善説・性悪説はこのように説明されています。
- せいぜん-せつ 【性善説】
- 人間は善を行うべき道徳的本性を先天的に具有しており、 悪の行為はその本性を汚損・隠蔽することから起こるとする説。正統的儒学の人間観。孟子の首唱。
- せいあく-せつ 【性悪説】
- 人間の本性を利己的欲望とみて、善の行為は後天的習得によってのみ可能とする説。孟子の性善説に対立して荀子が首唱。
要するに、「人は生まれつきは善だが、成長すると悪行を学ぶ」というのが性善説、 「人は生まれつきは悪だが、成長すると善行を学ぶ」というのが性悪説です。
つまり、どちらの見解でも結局「人は善行も悪行も行いうる」のであって、 これは人を信じるかどうかとは関係のない話なのです。
誤解されていた方は、以後ご注意下さい。
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